【東方】霧雨魔理沙の時計

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映画『大丈夫。』と講演会の集い

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がん患者と家族の会「かたくりの会」20周年記念事業、映画と講演会の集いに参加しました。
会場の岩手大学北桐ホールは満席の来場者で、同会の20年の歩みで蓄積された人脈の厚さを改めて思いました。

「平成4年、盛岡の主婦ががん告知を受け『限りある命を精一杯燃焼させたい』と会の結成を呼びかけ、当会は発足しました」
主催者挨拶を聞きながら、ふっと忘れていた記憶が甦ってきました。

『巣立ちなさい、この港から』を読み、私は著者の関悦子さんに興味を持ちました。
病院で肺がんの告知を受けた彼女の心の動揺から、この本は始まっています。余命を宣告され、、この限られた月日を子どもたちのために精一杯生き抜こうとする彼女の葛藤と会発足へ向けた活動が収められた一冊です。

ある日、偶然にも友人が「松園の関さんのお宅に伺う」というので、無理やり頼み込んで私も着いて行きました。
迎えてくださった関さんは、黒いロングドレスに透けるように青ざめた白い肌が際立つ、とても美しい人でした。
手伝いの女性が何か気ぜわしく傍に付き添っているのが気になりながらも、私たちは2時間ほどお話をうかがって帰りました。
残念ながら、その時、どんな話をしたのか、まったく記憶がありません。ただ、子育て真っ最中の私を熱っぽく励ましてくださったのと、関さんの目が異様にぎらぎらしていたことを覚えています。

それから10日ほど過ぎて、先の友人から関さんが亡くなったことを聞かされました。
私たちが訪ねた前日から熱が上がり、加えて体中の激しい痛みを抱えながら、関さんは私たちを迎えてくださったというのです。私たちに限らず、関さんはどんな状況のときも、訪ねてくる人を拒んだことは一度もなかったと言います。
手伝いの女性はさぞやハラハラしながら、彼女を見守っていたことでしょう。
彼女が亡くなり、「かたくりの会」の存続も一時危機を迎えましたが、新しい代表を立てて、20年…あれから20年たったのだなと、よその会でありながら、感慨深いものがあります。

ドキュメンタリー映画『大丈夫。』上映会

おととし伊勢真一監督作品『風のかたち』を観ました。
その姉妹作品としてこの映画があります。
「『風のかたち』は、小児がんの子どもたちが、生きていく映画だったけれど、『大丈夫』は亡くなっていった子どもたちのことが描かれています。だから、途中に挟まれる私の俳句や風景の映像がなければ、とっても辛い映画になったと思います」と、この二つの映画に登場する小児科医、細谷亮太先生は言いました。

おととしと言えば、私はドキュメンタリー映画『葦牙(あしかび)』の上映運動を手伝っていて、子どもをテーマにした『風のかたち』をどこか斜めに観ていました。映画作品というより、細谷亮太先生という素晴らしい主人公を得て、この作品は際立つのだと思っていました。
今回『大丈夫。』を観ながら、細谷先生の俳句や文字の美しさもさることながら、伊勢監督もまた詩人だと思いました。詩人でなければこのような風景は撮れまいと思う、カメラの妙を感じます。

「大丈夫」は細谷先生の口癖です。
診察の終わりに先生は患者の子どもたちに、しっかりとした口調で言います「大丈夫」。
それでも亡くなっていく子どもたちがいます。
仏教語であるこの言葉を、細谷先生は「祈りの言葉」と言います。

1970年代まで、小児がんは不治の病でした。
しかし現在は8割が治る病気になりました。
その経過の中で、がん告知の問題があり、「病気の告知を受けて治療する意志を示すことが子どもの人権」というアメリカからの運動があったことを知りました。
年代別、子どもの死亡原因の表を示しながら、細谷先生は小児がんの死亡率の話をしました。8割が治ると言いながら、やはり発症して亡くなっていく子どもたちがいます。
けれど私は、同じ表の中に子どもの自殺が、10歳から14歳では3位、15歳から19歳では2位、20歳から25歳では1位であることを見ました。
生きたい命があって、自ら失う命が一つの表に並んでいることに複雑な思いがします。
否、それもまた「生きたかった命」に違いはないのです。

「生きたかった命」に、私たちはなんと言葉をかけますか。
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