【東方】霧雨魔理沙の時計

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師走の風景~消防戦隊ヒケスンジャー

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盛岡商業高校サッカー部、イナバウアーの荒川静香さん等々、いつもユニークなオブジェが楽しみな盛岡仙北消防署に、「消防戦隊ヒケスンジャー」登場!!
ヒケスンジャーは、ショウボウレッド(消火担当)、キュウキュウホワイト(救護担当)、レスキューオレンジ(救助担当)の3人で構成されています。
西消防署のレスキュー隊の皆さんが手づくりで行なっているショーは、ローカルヒーローとは思えないほどの完成度とか。キュウキュウホワイトの右手がハサミなんですね。ピンクはAEDを背負っているそうですが、この写真からは分かりません。因みに、戦う悪の魔王は「ダイエンジョー」なんですって。



「子どもの被害者学のすすめ』デイビット・フィンケルホー編著

2010(平成22)年12月05日(日)
毎日新聞


今週の本棚:小西聖子・評
『子ども被害者学の… 』=デイビッド・フィンケルホー編著
◇小西聖子(たかこ)・評 『子ども被害者学のすすめ』
 (岩波書店・2,835円)

◇なぜ米国で子どもの犯罪被害が減ったのか

アメリカの子どもの被害が減っている。

「さまざまなタイプの子どもに対する虐待や犯罪は、
 1990年代初頭から、ものによっては
 劇的に、減少し続けているのだ。」

子どもへの性的虐待の件数は
90年から2005年にかけて、51%減少した。

身体的虐待件数も性的虐待を追いかけるように、
1990年代半ばから減少し始め、
92年から05年末までに、46%減少した。

10代の性的暴行被害も半分に減少、
ほかの犯罪も半分以下に劇的に減少、
配偶者間暴力も約半数に減少している。

アメリカでは70年代から虐待が社会的問題ととらえられる
ようになった。80年代、何をやっても
その数はずっと増え続けていた。

なのに、現代のアメリカで、こんなに被害が激減するなんて。
これはすごいことである。

この間、子どもの総数も減っていないし、
1人親家庭だって、ヒスパニック家庭だって増え続けている。
研究者だって、こんな激減はだれも予測していなかったのだ。

この本の著者デイビッド・フィンケルホーは
社会学的視点から、子どもや女性の被害を
ずっと追い続けてきた著名な学者で、
彼の研究や意見は専門家の間でも常に力を持ってきた。

この本は、被害者学を研究する者にとっては
画期的、刺激的なものである。

前半では子どもの被害に関する最新の研究成果によって
新しい視点が提案されている。
ただこの部分は、一般書としては難しいかもしれない。

子どもの被害の激減について具体的に緻密に検討されている
のは第5章である。
こちらは予備知識がなくても読みやすくまた面白いと思う。

本当に被害の数は減っているのか、
単なる統計上の手続きの変化が反映されただけなのか。
90年代に、虐待が減少し出したことが認識され始めて、
そういう議論が巻き起こった。

そして、性的虐待や身体的虐待は本当に減っている。
間違いない! というのが最初の結論である。

これには「強固なエビデンス」がある。
複数の自己申告式の被害調査のデータがどちらも減っている
こと、虐待の定義や数え方が変わったというような
見かけ上の原因が考えられないこと、

被害に密接にかかわるその他の福祉指標--
他の犯罪被害やティーンエージャーの
自殺、家出、少年非行、10代の妊娠の
いずれもが減っていること等が挙げられている。

ではなぜこういうことが起きたのか。

人口の構成変化の可能性は?
死刑の増加が抑止効果となった可能性は?
コカイン、クラックの流行が下火になったこととの関連は?
銃規制の強化は?
人工妊娠中絶の合法化は?

よく議論されるような要因が、1つ1つ検討されるが、
これらのどの要因との関連も否定的である。


フィンケルホーが注目する要因は3つ。
▽アメリカの好景気、
▽警官やソーシャルワーカーや児童福祉司など
 子どもの安全や加害者取り締まりにかかわる
 人間が増えたこと、
▽SSRIなどの精神科薬物治療の普及
である。

「何か建設的なことが社会環境において起こっているのだ。」
とフィンケルホーは言う。

「今後は、私たちは最も有望な説明のいくつかについて、
 検証計画を立案しなければならない。」

そういう意味では、リーマン・ショックは
壮大な実験だともいえる。

不景気に突入してアメリカの子どもの被害数はどうなるだろう。
ここ1、2年の統計がとても気になるところである。

(森田ゆり・金田ユリ子・定政由里子・森 年恵 訳)

宮沢賢治『オツベルとぞう』

北上川で子どもが流された。両親の願いもむなしく翌日早朝遺体で発見されたという。まちの中に穏やかな表情を浮かべ流れる川は、ときどきこんなふうに人のたましいをさらうのだ。

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「まあ、よかったねやせたねえ。」
みんなはしづかにそばにより、鎖と銅をはづしてやった。
「ああ、ありがたう。ほんとうにぼくは助かったよ。」
白象はさびしくわらってさう云った。
おや、川にはひっちゃいけないったら。


「このセリフは誰に向かって言ってるんでしょうね」
宮沢賢治の童話『オツベルと象』を芝居にした。
ラストのこのセリフで灯りはカットアウト。ブリッジの音楽を残して芝居は終わる。
ぽつりと役者が演出に尋ねた。
宮沢賢治の童話の中には、いくつもこんな不思議な言葉がある。
物語にはなんの関連もないようにさえ思えるほど、この言葉はさりげない。
解釈はさまざまだ。もはや正解というのは誰にもわからない。

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かぎかっこ付きでないこの言葉は、「ある牛飼いがものがたる」いわく宮沢賢治自身の言葉のように私には思える。白象は突然オツベルの住む村にやってきた。
「そいつは象のことだから、多分ぶらつと森を出て、ただなんとなく来たのだろう」
私は「川」はある種の結界を象徴しているのだろうと思う。人里と森との結界をまたいでぶらりやってきてしまった象はオツベルによって手ひどい目にあう。
牛飼いはこの物語のおしまいに、帰えりかけた子どもたちに注意を呼びかけたのだろうか。あるいは生と死の狭間にある川は、とりわけ賢治の想いに深く意味をなしているように思う。
しかしこれらすべて想像の話であり、演出は演出の解釈を役者に伝え、役者はそれを演じる。

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井上ひさしの著作の中に『宮澤賢治に聞く』という本がある。
東京浅草橋にある「こまつ座」斜め向かいのとある古い寿司屋で、井上ひさしは座敷ぼっこのように出現した宮沢賢治に遭遇する。
「感激です。昭和21年、小学校6年(国民学校)の春から、あなたにお目にかかれたらと願って生きてまいりました!」
井上ひさしは早速賢治に雑誌インタビューと称し、さまざまな質問を試みる。まさに著者に賢治がのりうつったかごとくに「泣いて笑って怒ってなさけなく」生きた賢治がそこにいる。
その井上ひさしも今はない。あの世でもしも賢治に会ったなら、話のついでに実は聞いてほしいことがあるんだが…。


NPO法人岩手ボランティア育成会総会・長澤基金助成金贈呈式

 2010年6月27日(日)、ふれあいランド岩手(盛岡)にて、NPO法人岩手ボランティア育成会第9期通常総会に出席しました。
 チャイルドラインいわては、平成22年度同会の助成事業である「長澤基金」を授与することになり、初めて総会にも参列させていただき、同会の主旨など、改めて伺う機会となりました。
 同基金は、殆どが同会理事長の長澤文龍氏(一関)の資金の拠出に頼るものであり、岩手県内の民間ボランティア連合は同会のみという報告でした。

 副理事長挨拶では「自分の生活もままならない現実の中で、ここ(育成会)だけは、このボランティア精神の灯を消さない」とのお話がありました。
 また「貧女の一灯」という言葉をご存じか?と問いかけ「これには様々な説がある。一灯とは、つまり一人ひとりが持つ権利である。貧女にあるのは分相応な一灯のみ。『貧女の一灯』は『長者の万灯』に匹敵するとの説もあるが、正しくは『仏陀シャーキャムニの説』。
 紀元前500年前、シュラーヴァスティーの都に貧しい一人の女がいた。
 ある時、釈尊が万灯を従えて夜の道を歩いていたが、雨風でそれらの灯明がすべて消えてしまった。その時、貧しいながら信仰心を持って働いて買い求めた、かの女の差し出す灯明一つで、釈尊の帰り道を照らしたという。
 この話は『まごころの尊さ』を語っていると私は思う。私たちのこの基金は、ささやかではあるが、ボランティアの活動の隙間を埋めるものと信じている。
 何に使ったかと問うものではなく、目的に添った遣われ方をしていくのだと信じています」と話されたのが、とても印象深く心に残りました。

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 平成22年度は32団体総額1,970,000円の助成額となり、贈呈式には各団体代表が参列しました。
 長澤理事長は、各団体贈呈にあたり、「初めての授与ですか?来年もいらっしゃい」と一人ひとりに言葉を掛けられました。
 とかく助成金とは審査と合わせ、報告も厳しく、それだけでくじけてしまう団体を多く見かけます。
 特に作業に主軸を置く活動団体では、事務管理をこなし、求められる書類作成にきちんと向き合える人材確保が難しい現実もあります。
 「信じている」という言葉の深さを、長澤理事長の優しい微笑みとユーモアあふれる会話の中に見るのでした。


岩手日報(2010年6月25日付)抜粋~チャイルドラインいわて受け手養成研修~

子どもの心受け止める
 チャイルドラインいわて(三上邦彦代表)の受け手養成件数プログラムが盛岡市でスタートした。講師を務めたNPO法人チャイルドライン支援センター常任理事の太田久美さん(埼玉県)は、年々増える着信数に対し、子どもの気持ちを親権に受け止める心の居場所づくりや、大人の役割の大切さを訴える。

話を聴くゆとり大切 ありのままを否定せず 
 チャイルドラインは18歳までの子ども専用電話。相談ごとだけでなく、「ちょっと話したい」など誰かとつながりたい、聴いてもらいたいという気持ちもすべて受け止める。子どもに主導権があり、嫌になったら切り、かけ直すこともできる。
 受け手に求められているのは「具体的な解決策を示すことではなく、子ども自身が持つ力を信じ、一緒に考えること」と太田さん。
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 提案することもあるが、「本人が自分で選択したという自覚をもって行動することが大事」と強調する。
 「子どもに何かしてあげたい」という気持ちは動期としてはいいが、受け手を勤める際は自分が主役になってしまうと指摘。「子どもは大人の半人前、教え込むしかない、などの既成概念を持っていては、子どもの心を聴くことはできない」。
 電話をかけてくる子の中には「失敗は許されない」「迷っている自分が情けない」と思いこんでいる子が多いという。「余裕を失った大人たちの尺度で測れる子どもたちは、失敗や寄り道の中から糧を得ることも許されない。ありのままの自分を受け止めてくれる場所を求めている」。
 「どこのおじさんだか、おばさんだか分からないけど心配してくれる人がいる。世の中捨てたもんじゃないと思ってもらうことが子どもにとって大きな力になる。失われた大人への信頼回復の手立てにもなる」と太田さん。

 「電話をすれば間違いなく誰かが出て、話が上手じゃなくても一生懸命分かろうとしてくれる。それが伝われば80%の役割が果たせたと思う。その子にとって参考になる大人になれるかどうか。自分の持ち味を生かすことを考え続けてほしい」と広がりに期待する。


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